スペシャルインタビュー:ミツバチと花。ミツバチと人。ミツバチと地球。
かつては環境シンクタンクの代表として、世界中で様々な提言を行ってきた船橋康貴さん。でも、自然破壊を身近な問題として捉え、実際に行動に移してもらうことは難しいのでは?というジレンマに…。そんな時に出会ったのがミツバチだったそうです。ここでは、ハチミツとミツバチを巡る船橋さん自身の体験、そして私たちガーデナーができること、などについてお話を伺います。
船橋康貴さん
(一般社団法人ハニーファーム・代表理事/通称“ハニーさん”)
経済産業省産業構造審議会専門委員(環境部会、産業環境小委員会 2008年度)
名古屋工業大学非常勤講師、日本福祉大学講師歴任
省エネルギー普及指導員
愛知県地球温暖化防止活動推進員
——ハニーファームはパリのオペラ座と姉妹連携をしているそうですが、それはどんないきさつからですか?
「私たちは、2013年から東山植物園をはじめ愛知県内3箇所でハチミツづくりを行っています。たっぷりの愛情を注ぎ、丁寧に熟成されたもののみ厳選したハチミツなので、私たちは<世界一のハチミツ>だと自負しています。それならば、ハチミツの本場とも言えるフランスでも評価してもらおうということで、ハチミツ持参でフランス・パリへ渡ったんです。パリでは、私たちのミツバチを通じた活動に興味を持ち、賛同してくれる多くの人々に出会うことができました。そのうちの一人がオペラ座の総支配人です。あまり知られていませんが、あの由緒あるオペラ座の屋根の上では、約30年前からミツバチの巣箱を置きハチミツを収穫していて、私も実際に見せてもらいました。屋根の上だけに危険なため、その様子は外部の人には絶対見せないそうなので、後にも先にもオペラ座の巣箱を見たのは私だけということになります。こうして、ハチミツと深い関わりを持つオペラ座の総支配人が、私たちのハチミツに強く感動してくれたことから姉妹連携を結ぶことになったんです。」
—–フランスと日本とでは、ハチミツの扱いや考え方がそんなに違うのでしょうか?
「全く違います。まず、フランス人は白砂糖ではなく日常的にハチミツを使います。それだけに町ごとにハチミツ専門店があるほど、ハチミツの需要があり、暮らしに溶け込んでいます。それに、ヨーロッパでは昔からハチミツは縁起が良い贈り物とされてきました。それは、ミツバチと花は地球の歴史上ずっと別れることのない関係ということから「永遠の結びつき」だったり、ミツバチが受粉することで木の実がなることから「夢の実現」、女王蜂はたくさんの卵を産むことから「子宝」を表すなど、様々な意味が込められています。また、ヨーロッパでは昔から修道院でミツバチを飼い、蜜蝋からロウソクを作り、ハチミツを販売することで生計を立てていたという古い歴史もあります。」
——それほど暮らしに溶け込んでいるのは、ハチミツが健康に良いという理由だけではなさそうですね。
「なぜヨーロッパではハチミツが特別な物として扱われるのかというと、その根底には人間の食、つまり命を支えているのはミツバチだということを理解しているからです。自然の森ではミツバチは花から花へと飛び回り受粉を手助けします。そして、その植物になった実を鳥や獣が食べ、タネは消化されずにその地に落ち、そこから新しい芽が出てきます。こうして森は更新されています。また、湧き水を作り出す森は、川や海の生態系も支えています。このように地球上のすべての自然の循環は森を軸に維持されていて、さらにその森づくりの70%以上はミツバチが受粉によって行っています。つまりミツバチがいなければ、私たち(生き物)の食=命は成り立ちません。ヨーロッパの人達は、人間の命を司るミツバチが与えてくれるハチミツを『天からの贈り物』として大切にしています。」
——-世界的にミツバチが減少しているそうですが、その原因は?
「はっきりとした原因は明らかになっていませんが、環境破壊による生態系の乱れではないかと言われています。アインシュタインは、人間の好き勝手でミツバチがいなくなったら、4年後に人類は滅亡するだろうと言ったそうです。恐ろしいことに、彼の予言はハズれた例がないと言われていますが、これだけはハズさせようというのが私の計画なんです。」
——船橋さんたちは、ミツバチを通して様々な提案をしていらっしゃいますが、『ハチ育』とはどんなことですか?
「フランスを訪れた時、都市公園の真ん中にミツバチの巣箱を置くなどして、国家ぐるみでミツバチを使った教育がされていることを知りました。そのミツバチ教育の目的は、たった1つで、自然に対する畏敬の念を育てること。自然を尊敬する心、環境を大切にする心が芽生えれば、イジメや引きこもりなど、日本で問題になっているようなことは起きないと言います。そんなフランスでの体験を参考にして、私が始めたのが『ハチ育』。ミツバチの役割を学ぶことで自然や環境の大切さを知ってもらい、心身ともに健やかな“生き方の達人”を育むことが目的で、ミツバチの巣箱を持参して、出張教室なども行っています。」
—-フランスと違って、日本ではミツバチと人間の深い関わりを理解しているのは、大人でも少ないのでは?
「日本ではすべてのハチをひっくるめて、“ハチ→刺す→怖い”という図式で捉えがち。もちろんミツバチだって人間が乱暴に接すれば刺すこともありますが、ヨーロッパではスズメバチやアシナガバチのような肉食のハチとミツバチは分けて考えられています。例えば、身近でブ〜ンというミツバチの羽音が聞こえると、日本のお母さんは子供に対し『危ない!刺されるといけないから逃げましょう』と言うでしょう。でも、フランスでは『可愛いミツバチさんを近くに見に行きましょう』となり、ミツバチのお陰で私たちは美味しいご飯が頂けるということを子供たちに教えます。子供の記憶に残るのは…日本の場合は「羽音=恐怖」、フランスの場合は「羽音=感謝」となるわけですから、この違いは大きいですよ。だから、日本でのハチ育は、まずはお母さん達や大人に知ってもらうことも大切なんです。」
——日本でもガーデニングを通して自然との関わりを大切にする人が多いと思います。ガーデナーがミツバチのためにできることはあるのでしょうか?
「私の知り合いで『庭育』を行っているガーデナーは、『ヨーロッパの庭はどんなに美しくても、そこにミツバチの巣箱がなければ完成形ではない』と言います。もちろんみなさんの庭にも巣箱を置いてくださいとは言いません。もっと簡単で、素晴らしく効果的なこと—-それは、少しでも多く花を育てることです。パリのど真ん中にあるオペラ座のミツバチたちは、屋根の上にも街中にもお花畑があるわけではないのに、どこから花の蜜を集めてくると思いますか?ミツバチたちはオペラ座の半径2キロ圏内を飛び回り、それぞれの家のお庭やベランダ、窓辺で育てている花から蜜を集めてきています。パリでは何かしら季節の花が窓辺のプランターに飾ってある光景をよく見かけます。ミツバチの命をつないでいるのは花の蜜や花粉ですから、パリの人々はミツバチへの感謝の気持ちを込めて、窓辺に花を飾っているのです。日本でも、1人でも多くの人がミツバチの食を支えるお花(蜜源植物)を、育てるようにして欲しいですね。私たち人間はミツバチのおかげで食べ物があるわけだから、そのミツバチの食糧となるお花もまた、できるだけ農薬を使わずに、自分が食べるつもりで育てて欲しいと思います。」
——日本では、野菜づくりを楽しむ人が増えたこともあって、無農薬栽培などオーガニックを意識した栽培が注目されています。でも、観賞用で美しさ重視の花まではなかなか…というのが現状かもしれません。でも、ミツバチへの贈り物という意識があれば違ってくるかもしれません。
「日本ではオーガニックと言うと、製品を作る工程や、製品そのものを示すことが多いけれど、フランス人の友人は『オーガニックとは人生のあり方=生き方そのものなんだよ』と言います。それは、オーガニックとは、自然に対する畏敬の念を持ち、人間もその一部として、自然と共に生きるということ。ミツバチはその小さな身体で自然を支える存在。そのミツバチが住みやすい環境は、人間にとっても幸せな場所のはずです。いきなり地球環境を考えよう、と言っても大き過ぎてよくわからないかもしれませんが、まずはミツバチが活動する<半径2キロから始めよう!>なら、現実的ですよね。ガーデナーの皆さんには、これまでのガーデニングに、ミツバチ目線をプラスして、もっともっとたくさんのお花を育てていただきたいですね。」
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庭は人間に一番近い自然、そして窓辺のプランターは一番手前にある自然だと、船橋さんは教えてくれました。つまり、ガーデニングは、美しい花を観賞したり、美味しい野菜を収穫するだけでなく、自然とのつながりの入り口を作る作業ということです。もしも、みなさんのお庭やベランダに、ミツバチがやってきたら、それはあなた自身がオーガニックな暮らしを送っている証なのかもしれません。
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